タイ国における医学(特に熱帯医学・感染症研究)、工学(機械工学、情報工学)等の専門分野の振興を目的として、日タイ教育研究振興財団(R.E.P.)はこれらの分野で活躍する日本人とタイ人研究者の活動(共同研究、フィールドワーク、学会・研究会開催等)を支援しています 。さらに日本の教育研究機関で学位を取得し、その後帰国したタイ人研究者の研究活動の継続を支援するとともに、日本人研究者との協働を促進し、日タイ間の共同研究の進展に貢献します。
R.E.P. 研究支援部門において現在支援活動を行っている教育研究には、以下のようなものがあります。
感染症教育研究支援
熱帯圏に位置するタイ国内にはマラリアやデング熱など日本ではほとんど見られない熱帯感染症が数多く存在します。また、ミャンマーやラオス等の周辺国との国境地帯では、ジフテリア、破傷風、結核等の感染症が未だに多く発生しています。公衆衛生についての意識や生活環境の違いから、病原細菌による下痢症や、抗生物質の乱用に由来する薬剤耐性菌の蔓延なども認められます。R.E.P. 研究支援部門では、これらの感染症をタイ国内で研究する研究者のサポートを行います。さらに、日本で感染症を専門領域とする臨床医に対して、タイの医療機関において熱帯感染症や新興再興感染症を実地で学ぶ研修の機会を提供しています。
- 熱帯感染症医師研修において説明を受ける研修生
- 病棟実習中の研修生
これまでの活動状況について概要は、以下の通りです。
大阪大学感染症研究拠点(RCC)との連携事業:タイにおけるノロウィルス感染症に関する研究支援事業
大阪大学微生物病研究所は、タイ保健省内に日本・タイ感染症共同研究センター(RCC)を設置し、感染症に関する研究を行っています。ここでは、下痢の原因となる病原微生物、抗生物質が効かない薬剤耐性菌、蚊によって媒介されるデング熱やチクングニアウィルス感染症に関する研究が進められています。海外の研究拠点で研究を推進する際に問題となるのは、研究に必要な生物材料・検体をいかに速やかに集めるか、ということです。感染症が流行っている流行地から原因となる病原体を迅速に入手できなければ、研究を前に進めることができません。また、フィールドワークが必要な疫学研究(特定の地域や集団を対象として、病気の発生状況などの頻度や分布を調査することで、その要因を明らかにする研究)では、しばしば民間レベルでのボランティアの協力が必要となります。しかし,この様な状況に対して、日本の研究費のシステムでは、必ずしも迅速、柔軟に対応できないことがあります。R.E.P.では、RCCと連携し、感染症研究に必要な研究材料の入手やそれに伴う倫理的な側面の問題解決をお手伝いすることで、感染症研究の支援をすることにしています。
現在R.E.P.がRCCと共同で実施している事業として、ノロウィルス感染症に関する研究支援事業があります。ヒトノロウィルス(Norovirus、以下ノロウィルスと略す)は、ヒトに感染して急性の胃腸炎を引き起こすウィルスです。激しい下痢や嘔吐が特徴で、発熱を伴うこともあります。生の魚介類を食べることで経口感染し、あるいは糞便や吐瀉物を介してヒトからヒトへと感染します。毎年世界中で流行し、日本やタイでも例外ではありません。しかし、このウィルスの流行がどのようにして起こるのか、まだよく分かっていません。また、ノロウィルスはヒト以外には感染しないので、流行していない時期にノロウィルスがどこに潜んでいるのか、その仕組みについてもよく分かっていません。
大阪大学微生物病研究所と私達R.E.P.財団は、ノロウィルスの流行のメカニズムを明らかにするために共同研究を始めました。これまでの研究から、ノロウィルスの感染では、感染していても下痢や嘔吐などの症状を示さず健康に過ごしている、いわゆる「不顕性感染」をしている人が知られていますが、私たちはこの不顕性感染に注目し、タイにおける不顕性感染の調査を始めています。バンコク最大のスラム地区であるクロントイ地区で健康な人の便を集め、その中にノロウィルスが含まれているかいないかを調べる研究です。この研究が順調に進めば、タイにおけるノロウィルス不顕性感染の初めての調査となると同時に、不顕性感染の人から排出されるノロウィルスが、次のノロウィルス流行の引き金になる可能性があるかどうかを明らかにする重要な研究成果に繋がるものと期待しています。
なお、本研究は、「人を対象とした医学・生命科学研究」に該当するものです。そのため、R.E.P.財団内に「人を対象とする医学系研究に関する規程」および「生命科学研究倫理委員会規程」を定め、生命科学倫理に基づいて正しく研究が実施されるようにすると同時に、検体提供者に不利益となるような研究や科学的に意味のない研究が実施されないようにチェックするようにしています(倫理審査委員会に関する詳細はこちら)。
熱帯感染症医師研修
マラリアやデング熱に代表される熱帯感染症は日本では滅多に見られないことから、日本の多くの医師はこれらの感染症を実際に自分の目で見る機会がありません。しかしながら、日系企業の海外進出や国外からの観光客の増加に伴い、熱帯感染症にかかった人々が日本に帰国・入国する機会は年々増えています。また、地球温暖化の影響を受けて、これまで日本にはなかった熱帯感染症が北上し、日本に定着する危険性も指摘されています。
大阪大学微生物病研究所は、約10年前から日本の病院に勤務する若手の感染症専門医を対象とした熱帯感染症医師研修を実施されてきました。この研修では、タイ-ミャンマー国境に近いターク県やタイ東北部のコンケンやウドンタニにある病院に滞在して、マラリア、デング熱、腸チフス、発疹チフス、ジフテリア、類鼻疽などの感染症の研修がなされています。この研修に参加した日本人医師はこれまで約70人を数え、現在は日本各地で活躍されています。これまで、この研修の経費は、日本の文部科学省からの助成金によって賄われてきましたが、その資金は年々減少傾向にあります。R.E.P.研究支援部門では、この研修が今後も長く続いていくことが日本の感染症対策にとってもきわめて重要であると考え、昨年度より支援を開始しています。今後は、資金面での強化を図り、末永くこの研修が続くように支援を続けていきたいと考えています。
新しい学術研究分野における教育研究振興事業
タイ初のAI学会開催支援
AI(人工知能)研究は、現在、世界で最もホットな研究分野の1つですが、これまでタイ国内にはAIに関する学会はありませんでした。昨年(2017年)8月27日〜29日に、タマサート大学の教授らが中心となり、タイ国で初めてのAI分野の学術集会が開催され、R.E.P.としてタイ人学生の大会参加を支援させていただきました。
アウトリーチ活動の支援
現在 タイ国内には、すでに紹介しました大阪大学感染症研究拠点(RCC)のように、様々な学術分野の研究機関が設置されています。これらの研究機関での研究内容や研究成果を一般の方々に公開し理解を深めていただくことは、学術研究の社会への還元としてきわめて重要であり、また学術研究の持続的発展のためにも必要であると考えています。R.E.P.研究支援部門では、タイ国内に設置された研究機関によるアウトリーチ活動の支援を行っていきます。
これまでの支援実績は、以下の通りです。
バンコク公開講演会「感染症と私たちの健康」開催支援
阪大RCCでは、毎年1回バンコクにおいて在留邦人を対象とした公開講演会「感染症と私たちの健康」を開催しています。R.E.P.は2017年から、この講演会の開催に協賛しています。(2017年度の講演内容はこちら)
ヤンゴン公開講演会「感染症と私たちの健康」開催支援
現在ミャンマーには約3,000人の在留邦人が生活しており、今後、ますますその数は増加することが見込まれています。医療環境が整ったタイと異なり、ミャンマーでは日本語の分かる医師が常駐する医療施設もほとんどないことから、在留邦人の方々は医療面で多くの不安を抱えて暮らしておられます。この様な状況に鑑み、R.E.P.は、新潟大学ミャンマー感染症研究拠点、大阪大学微生物病研究所と共同でヤンゴンにおいて在留邦人を対象とした感染症に関する第1回公開講演会「感染症と私たちの健康」を企画・開催しました。来年度以降も同様の講演会を企画・開催し、在留邦人の方々に感染症に関する理解を深めていただき、感染症予防に貢献したいと考えています。(2018年度ヤンゴン公開講演内容はこちら)